NHKの宣伝をするわけじゃないが、国語辞書編纂を扱ったテレビドラマ「舟を編む」(三浦しをん原作)が面白かった。昨年から続いているラジオ番組「国語辞書サーフィン」(土曜午後10時、お笑い芸人サンキュータツオ出演)やラジオ深夜便の中でときどき放送される「気になる日本語」(NHK放送文化研究所の研究員が出演)も知的遊び心にあふれている。
最近、といってもかなり前からだが、若い人が使う言葉「ダイジョーブです」に違和感を覚えることがある。
ウエイトレスが客に「お飲み物、ダイジョーブですか?」
客が答えて「ダイジョーブです」
要するに「要るか要らないか」と訊ねたのに対し「要らない」の意味で答えたわけだ。たぶん「飲み物はまだありますか?なくなってませんか?大丈夫ですか?」と訊いたのに対し、「大丈夫、まだあります」「もう十分呑みました。結構です=大丈夫です」と答えたのが、縮まって「ダイジョーブですか?」「ダイジョーブです」となったのだろう。
手元にある、ずいぶん昔の広辞苑2版(大学入学の翌年・昭和44年に購入)によると、「だいじょうぶ[大丈夫]」の意味として①とりわけ壮健なこと。②あぶなげのないこと。しっかりしていること。ごく堅固なこと。③間違いのないさま。たしかなさま。――と出ている。
項目を変えて、立派な男子を意味する「だいじょうふ[大丈夫]」も並んでいるが、まあ、われわれがふつうに使っていたのは、上記の②と③の意味だったはずだ。
5年ほど前に買った電子辞書のデジタル大辞泉には、②③に加えて、次の説明がある。
「近年、形容動詞の『大丈夫』を必要または不要、可または不可、諾または否定の意で相手に問いかける、あるいは答える用法が増えている。『重そうですね、持ちましょうか』『いえ、大丈夫です(不要の意)』『試着したいのですが、大丈夫ですか』『はい、大丈夫です(可能、または承諾の意)』など」
②③の用法に慣れた私は、一瞬戸惑うこともある。
前年末に心臓冠動脈にステントを留置する治療を受けた華岡青洲記念病院に、その後の定期的な診察と投薬を受けに行った。この病院には、学生時代からの友人が勤めている。彼から「華岡青洲」と名前の付いた、青洲の出身地和歌山の特別な日本酒をいただくことになっていた。当病院の理事長は、世界初の全身麻酔による手術を行った、かの青洲から数えて何代目かの末裔だそうだ。
ステント留置を行った主治医からは「酒は、水分不足にならない程度なら飲んでもいい」とお許しが出ている。でも4種類用意された薬の1つには「アルコールは控えること」とも、説明書に小さく書いてあった。当然これはお医者様の言うことに従って、というか、自分の都合のいいように解釈して、「酒は飲んでも良し」と、これまで通り、適量のお酒をいただくことにする。でも俺が毎日のように「酒でも飲もうかな」とつぶやくと、カミさんが「またぁ・・・」と、たちまち不機嫌になる。ぶすっとした表情で不快・不同意をあらわにする。これは、ダイジョーブでない、のサイン。
病院では毎回、採血する。
採血前に看護婦さんが「アルコール、ダイジョーブですかぁ?」と訊いてきた。
ン?一瞬、迷った。受診のあと友人に会って、いただくことになっていた、日本酒「華岡青洲」のことが頭にあった。
ここはダイジョーブと答えるべきか、ダイジョーブでない、と答えるべきか? 欲しいのなら「ダイジョーブでない」と答えるべきか?
しかし看護婦さんが日本酒のことを訊いてくるはずがない。採血前に腕をアルコール消毒しても大丈夫か否か、アレルギー反応が「あるか、ないか」を訊ねていることに思い至った。
治療中の造影剤で、予想外のアレルギー反応に悩まされた。腹や太ももに赤い湿疹のようなものができた。アルコール消毒のアレルギーは、これはダイジョーブだった。日ごろ鍛えた免疫力がある・・・