2023年10月から12月にかけてNHKラジオで放送された「こころをよむ」(全13回)のテキスト。

 たくさんの文化人たちが、震災の体験を書き残している。それを丹念に集めた。

 歌人の釈迢空(しゃくちょうくう)=国文学者・折口信夫=は、大震災の翌々日の9月3日に台湾から横浜に着いて、その翌日、徒歩で東京の自宅に戻った。その道々、震災の惨状を目にし、のちに4行詩「砂けぶり」を発表した。

   ●

 横網の 安田の庭

 猫一匹ゐる ひろさ―。

 人を焼く臭ひでも してくれ。

 さびしすぎる

(「砂けぶり」第1回第4連の一節。安田財閥の日本庭園に隣接する陸軍被服廠跡地で、数万人の避難民が焼け死んだことを念頭に置いている)

「自警団の咎めが厳重で、人間の凄まじさあさましさを痛感した」体験からは、

    ●

 横浜からあるいて来ました。

 疲れきつたからだです。

 そんなに、おどかさないでください。

 朝鮮人になつて了(しま)ひたい様な気がします。

   ●

 井戸のなかへ

 毒を入れてまはる朝鮮人――。

 われわれを叱つて下さる(*2つめの「われ」は繰り返し記号)

 神様のつかはしめだろう。

   ●

 かあゆい子どもが、大道で、

 ぴちやぴちやしばいて居た。(*2つめの「ぴちや」は繰り返し記号)

 あの音。

 不逞帰順民の死骸の――。

   ●

 おん身らは、誰を殺したと思ふ

 陛下のみ名において―。

 おそろしい呪文だ。

 陛下万歳 ばあんざあい

 政治学者の吉野作造は、朝鮮人虐殺事件について、「責任ある××が、この流言を伝播し且つ之を信ぜしむるに与(あずか)って力あったことは疑ないようだ」と書いた。著者はこの「××」の伏字に入るのは、「官憲」と推測している。 (*は筆者=ピカテンの注)