何もないタイ国境の小さな町、アランヤプラテートに4泊もしたのには、わけがある。1泊220バーツ(1$32バーツ)のモーテルがきれいで、プールがあり、過ごしやすかったこともあるが、ここで1人の日本人と知り合った。
 仙台から2ヶ月間タイに来ている佐藤さん、69歳。海外旅行99回目のひとり旅の名人である。
 おれの部屋は平屋でエアコンなし、真昼間はひどく室温が上がり、室内は暑くてかなわん。で、午前中に散歩と昼寝を済ませ、昼ころから3時ころまでは、モーテルの屋外レストランで本を読み、アイスティなんぞを飲んで過ごした。
 2日目、昼飯を食っていたら、「少し、いいかね。話しても」と声をかけてきたのが、佐藤老。「久しぶりに日本語で話がしたい」と言って、ラオスにちょっと行っての帰りであること、金をかけないひとり旅行が好きであること、自宅にはあまりいないこと、など話がはずんだ。誘われるままに、彼のエアコンの効いた涼しい部屋(1泊350バーツ?)に移動し、ウィスキーをご馳走になった。
 さすがに海外99回目、アジア、南米、ヨーロッパ、アフリカ北部などいろんなところに行っていて、面白い話が次から次へと出てくる。
 若いころ、ソニーの下請け会社を興し、55歳で会社をたたんで以後は自由自適。おれのようなサラリーマンあがりと違って、経済的にはゆとりがありそうだが、このバックパッカー並みの貧乏旅行が気に入っているという。いろんな面でおれと趣向が似通っている。彼も気が向けば同じところに何泊もする。このモーテルは初日だったが、プールがあると聞いて「少し長居しようかな」
 それからの3日間、2人で飲みまくり。おれはいつも次の朝、6時40分発のバンコク行き列車に乗るつもりが、二日酔いで起きられず、ずるずる4泊もしてしまった。もともと予定のない旅だから、それでもいいや、という気持ちもあったけれど。
 5日目、前夜は前後不覚になるまで飲み、朝5時半に目覚めたときは、まだ酔っ払った状態だった。酔った勢いで荷物をまとめ、30分でモーテルを出発、駅に向かった。
 佐藤老には内田康夫「札幌殺人事件」上下と井上靖「あすなろ物語」をいただいた。
 「札幌殺人事件」はその夜のうちに一気読み。北海道開発予算に群がる政治家や業者、それに米、中、ソなどの秘密機関が暗闘を繰り広げるーーー。開発予算に関する構図は一応その通りだけれど、ちょっとご都合主義的なストーリーだなぁ。
 「あすなろー」は子供のころ読んだことがあるはずだけど、まったく記憶に残っていなくて、面白かった。五木寛之の「青春の門」を思い起こし、最初の1編「深い深い雪の中で」では、渡辺淳一の「阿寒に果つ」との共通点を感じた。
 「あすなろー」は一面、主人公に影響を及ぼした6人の女性の物語でもある。「阿寒に果つ」の女性主人公同様、美しく、奔放で、存在感がくっきりしている。ある意味、不良っぽくもある。なんだって男はこういった女に惹かれるのだろう。否、女も同じか? ちょっとヤクザっぽい男がもてる傾向があるような気がする。
 主人公が『ものにした』(ちょっと下品な表現だけれど)3人の女性は『純潔だった』(これは作者の表現のママ。1人についてしかそうは書いていないけど、前後の表現から3人ともそう読める)。
 ふむふむ。ひとりで3人はズルいんじゃない?