チェンナイからアンダマン往きのフェリーに乗り込む前、ガイジン客は一ヶ所に集められ、パスポートの検査をされた。
20人ほど集まったガイジン客の中に、ひときわ目を引く、ヨーロッパ系の若いカップルがいた。
男は20代半ば、細身の長身、みごとな長い金髪をなびかせ、いっときの少女漫画の主人公を思わせるような、美女顔負けのハンサム貴公子。お相手の女性も同じくらいの年ごろ、これまた長身で、栗色の巻き毛と、大きな瞳を持ったスタイル抜群の美しい人だった。
ふたりとも、瞳の中に星の輝きでも描き加えたら、ほとんど「ベルバラ」の世界である。われら大半の貧乏バックパッカーとは、着ている衣服も違っていた(ように思った)。
乗船とともに、顔なじみになったガイジン客ともばらばらになり、くだんの貴公子と美女も船内に消えた。途中で一度だけ、デッキに2人並んで夕日を眺めているのを、遠くから見かけただけだった。
どこか北ヨーロッパあたりの王子様、お姫様を思わせ、われらバンク(船底大部屋)乗客とは住む世界が違う。一等キャビンのスイートルームにでも入っているのだろう。
フェリーが出発して3日目の朝。船底のバンクは、例によって排水管が詰まり、シャワー室からあふれ出た汚水が通路を浸し、船のローリングに合わせて、左右にうち寄せる。汚水が反対側に流れた瞬間をねらって、水路状態の通路を走り抜ける。
一定のリズムで打ち寄せては引く、浜辺の波を測る要領で汚水の行方を見守っていると、反対側からやって来るカップルに気が付いた。例の貴公子と美女だった。
目と目があって、船内でははじめて、ハーイと簡単に言葉を交わした。2人はサンダル履きの足が汚水に浸かるのも、あまり気にするふうもなく、近くのトイレに入って行った。
な~んだ、彼らも同じバンクの“下層民”だったのだ。