アンコール・ワットのある町シェムリアップに着いた日。人とバイクと車がごちゃごちゃになって混雑する道路を、リュックを担いで歩いていた。

 脇からトクトク(バイクが荷台を引くタクシー)の運転手が声を掛けてきた。

 またか、これで何度目だろう。

 No thank you. No thank you.

 いささか、うるさいなぁ、と思いながら振り返ると、ヘルメットの下に見覚えのある顔があった。

 「や、ホルツ・ヒムじゃないか!?」

 

 そう、2年前にここに来たとき、客を探していた彼と知り合い、1週間ほど行動を共にした。シェムリアップから150キロほど離れたストーン村に住む彼の実家や、トンレサップ湖岸の彼の奥さんの実家にも行った。最後の日には、彼の妻や友人も交えて郊外に出かけ、夕日を見ながらのお別れ会を開いてくれた。

 実直な27歳。2年前はまだオートバイの運転手だった。新妻は妊娠中だった。家族のため、これから生まれてくる子供のために稼ぎの良いトクトクがほしい、と言っていた。この2年のうちに、念願がかなったらしい。

 中古のトクトク。実家の前で

 

再会した日は客席に妻と1歳半の息子、それに知り合いの女性2人を乗せていた。今日は仕事を休み、私用で出かけていたようだ。帰宅途中に道路脇を歩く見覚えのある私のリュックと後ろ姿を見かけ声を掛けてみた、と言う。

 もともと私もシェムリアップに着いたら、彼の携帯に電話をするつもりだった。電話番号が変わっていたら連絡のしようがないけれど、彼がよく客引きをしていた近くのゲストハウスに行けば、つかまえることができるかもしれん。ゴールデン・ウィークという名前の、前回宿泊したこのゲストハウスを目指して歩いているところだった。

それにしてもすごい偶然である。否、ちょうど通りかかったのは偶然だろうけど、われわれに気がつくなんて、すごい記憶力、視力、注意力。

 

今回も1週間ほど彼と行動を共にした。アンコール・ワット見学、彼と彼の奥さんの実家再訪、そして最後の夜は、彼と妻、息子、それに裁縫学校に通うため兄夫婦のもとに身を寄せている19歳の妹も含めて、2年前と同じように郊外に出かけた。彼が大枚をはたいて買った鶏の丸焼きと炊きたてのご飯を持って。

 夜のお別れピクニック

 

自宅にも寄ってみた。2年前は土の床がむき出しで、窓のない倉庫のような長屋の一室だった。今度の部屋は床にビニールシートが敷いてあった。窓もあった。あったけど板壁の一部が外側に跳ね上がる、ガラスのない窓だった。衣類、鍋釜類も増えていた。暮らし向きも少しは良くなったようだ。

中古のトクトク購入に600$かかったという。このうち300$は自分でこつこつ貯めた。残り300$は母親が貸してくれた。

 

日本に戻った私は、彼の家族やストーン村での記念写真を人数分プリントして郵送した。受け取ったら投函してもらう約束で、切手を貼り私の名前と住所をあらかじめ書き込んだ絵葉書を彼に託してきた。

写真を郵送してから2週間たっても返事がない。片道5日間くらいで着くはずだから無事届いていたら、折り返し絵葉書が来るころだ。そう思っていたら彼から電話が来た。

心配したとおり写真は届いていなかった。郵便局に確認に行ってもらったが、見つからないという電話が再度かかってきた。

こちらとしてはどうしようもない。前回のときもやっぱり届かなかった。

 

 次回行くとき、まとめて写真を持って行き直接手渡そう。彼と電話で約束した。今度は雨季あけの10月ころ。湖面が大きく広がり、乾季とはまったくその姿を変えると言われるトンレサップが見られるだろう。